今年は「ニーム飛躍の年」(2004.01)
国内・海外とネットワーク-環境問題解決の切り札-
これまで11回にわたりニームに関する国内・海外の情報を紹介してきた「ミラクルニームーその秘めた可能性を探るー」。今回でちょうど連載丸1年を迎えるにあたり今回が最終回となる。最後の連載は、日本ニーム協会の稲葉眞澄会長に、昨年一年を振り返っていただくとともに、今年のニームを取り巻く状況はどのように推移するのか、インタビューで聞いた。昨年はマスコミで取り上げられることが増え、また海外とのつながりが深まるなど、「ニーム普及元年」と表した稲葉会長。今年は昨年までの活動と実績を踏まえ、それが実を結ぶ「ニーム飛躍の年」と位置付けた。
―NPO日本ニーム協会が発足して昨年は実質2年目だったわけですが、平成15年は日本ニーム協会にとってどのような1年であったとお考えでしょうか。
稲葉眞澄会長(以下、会長):昨年1年は苦難の幕開けではありましたが、良い年であったと思います。去年の今ごろは中国産冷凍ホウレンソウの残留農薬問題で、一気に特定農薬に認められるかどうか、といった話題で終始していました。しかし、これがきっかけで食品のトレーサビリティーが社会問題になり、安全かどうかは個人が判断し、また探す時代になったことは、“本物”であるニームにとっては追い風であったと思います。
―最近ではニームの認知が広がっています。
会長:ちょうど食の安全性が問われていた頃、4月28日の新聞(日本農業新聞)に「農薬の代打 ニーム」という記事が1面に載ったのが大きかったです。アメリカではすでに、有機農業にニーム資材の使用が認められていることが記事に出たにもかかわらず、農水省からはストップがかからなかった。裏を返せば、悪いものならすぐにストップがかかるが、使用は個人の責任に任されたという判断が出た。日本の有機農業を変える1日だったと思います。この記事が出てからは市町村などの公的な機関や一般の農家などから大きな反響がありました。
―ニームの本も出ました。
会長:昨年3月に日本でのニームのバイブルと言うべき本を出しました。それまでニームを網羅した日本語の訳本はありませんでした。その意味でニーム普及の大きな一歩だったと思っています。まさに「ニーム普及元年」であった言えるのではないでしょうか。
それから、ニームの線香や足裏シートなど、ニーム協会推奨商品ができたことも、普及につながったと思います。
―海外とのネットワークが広がり、ますますワールドワイドな活動になったと思いますが。
会長:昨年11月20日にフィリピンにニームの実践農場を兼ねた学校が誕生しました。またインドのブッタガヤに、現地政府から2エーカーの土地をいただき、いよいよニーム原産のインドでの有機農業のチャレンジの機会が得られました。他にもタイ、ラオス、ミャンマー、ベトナム、インドネシア、オーストラリア、ニュージーランド、キューバ、ブラジル、ケニアといった国々と関係が築くことができ、世界への発信と世界とのつながりを進めることができました。
―日本国内はどうでしょうか。
会長:地元の方たちの協力もあって、昨秋に伊豆の南伊豆町に日本で初めて「ニームの里」ができました。千葉や熊本など各地からも現在、同じようにニームの里づくりに関して打診が来ており、今年は国内でもニームの里のネットワークができてくるでしょう。
―さて、昨年一年の出来事を受けて、今年はどのような活動を目指しているのでしょうか。
会長:今年も引き続きニームの普及と会員増加を目指しますが、具体的には、インド・ブッタガヤでの学校建設やニームの植林の早期完成を目指します。また、フィリピンの学校はインターンシップを絡めたカリキュラムにし、いずれはロングステイなどもできるようにしたいと思っています。さらに新たに化粧品など、商品開発も併行して進めてゆきます。
また昨年は、農業分野や医療分野での活用について研究が始まりました。大学の先生などの協力をいただきながら進めて行くことになりますが、今年はそうした研究のデータ作りをする年になります。そしてニームの化学的な裏付けがより一層進むものと思います。
―今年のニームにキャッチフレーズをつけるとすると、どんな言葉になりますか。
会長:ニームは幅広くいろんな分野に利用できますが、環境問題解決の切り札と考えてきました。砂漠化防止やフィリピンでは火山灰への植林などでも利用されています。加えてニームは、貧国の人々の仕事づくりにも貢献することを、もっと世界に発信して行きます。全ての意味で今年は「ニーム飛躍の年」にしたいと思います。
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