ヤマトヤブカとアカイエカに対するニーム製剤の羽化抑制効果
農林水産省所管の独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構・東北農業研究センター畑地利用部の上席研究官の山下伸夫氏が発表した標題の論文の抜粋を紹介します。
なお、この論文は山下研究官の了解を得て掲載しており、無断で転載を禁じます。
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ヤマトヤブカとアカイエカに対するニーム製剤の羽化抑制効果
ニームは東南アジアから中近東に自生し、インド等では古くから薬用植物として広く利用されている。ニームの主要成分であるアザジラクチン(azadirachtin)は複雑な構造を持つリモノイド化合物で、昆虫類に対して摂食、蛹化及び羽化の阻害、または産卵を抑制するなどの活性が報告されており、欧米や中国などでは有機栽培において使用可能な農薬として認可されている。しかし、わが国ではニームに関する研究は極めて少ない。ニームは農薬及び特定農薬としても登録されておらず、現状では害虫防除を目的としての利用ができない状況にあり、今後の研究の蓄積が望まれている。衛生害虫を対象としたニームの抗害虫作用に関する研究は農業害虫に比べ少なく、特にわが国においてはほとんど行われていない状況にあり、ニームの衛生害虫に対する効果については不明な点が多い。そこで、本研究ではニームに対する感受性が調べられていないヤマトヤブカとアカイエカに対するニーム製剤の羽化阻害効果を評価した。
【材料および方法】
ヤマトヤブカは野外で採集した4齢幼虫、アカイエカは野外採集成虫に産卵させて得た初代4齢幼虫を用いた。供試薬はアザジラクチン(以下、AZ)を1.2%(W/W)含有するニーム製剤(AZグリーン、オーエム科学)を用いた。これを蒸留水で希釈し、ヤマトヤブカでは0.06―1.9ppm、アカイエカは0.006―6ppmのうちで5段階の濃度を設定し、それぞれの希釈液の200mlをポリカップに入れ、蚊の幼虫を各30個体ずつ供してゴース布で蓋をした。25℃の恒温下で飼育し、2日もしくは3日ごとに生存虫と死亡虫を数えた。死亡虫は観察後に取り除き、他の個体の生存に影響が無いようにした。対象区として蒸留水のみの区を設けた。ヤマトヤブカに対しては、ジクロルボスを5%含有する製剤(DDVP乳剤、ヤシマ産業㈱)の0.03―2.5ppmまでの5段階の希釈液を対象薬区を設けた。観察は、発育遅延し羽化できないすべての幼虫または蛹が死亡するまで継続し、繰り返しはすべて2回行った。
【結果】
ヤマトヤブカ幼虫のAZ処理による死亡率は、AZ濃度1.9ppm、0.6ppm、0.48ppmにおいてそれぞれ、100%、81.7%、48.3%であった。AZ0.06ppm水溶液では死亡率は15.0%となり、対照とした蒸留水と同様であった。処理1日後はどの濃度でも幼虫の死亡率は低かった。AZ1.9ppm水溶液においては処理1日後から処理3日後の間に25.0%が死亡し、全個体が死亡したのは15日後だった。また死亡は。90.0%が幼虫のステージで見られた。AZ0.6ppm水溶液では、供試個体の90.0%は蛹化したが、このうち79.7%の個体が羽化できずに死亡した。また供試個体の70.0%が3日以降に死亡した。対照薬のジクロルボス区では、0.08ppm以上で、0.25ppm以上ではほぼすべての死亡が処理後1日以内に観察された。
アカイエカの場合はヤマトヤブカの場合よりも高濃度であるAZ6ppm水溶液で100%の個体が、AZ1.9ppmの水溶液では98.3%以上の個体がすべて幼虫ステージで死亡した。アカイエカにおいてもヤマトヤブカと同様に処理1日後までに死亡する個体は極めて少なく、ほとんどの個体はそれ以降に徐々に死亡した。
2種の蚊における半数羽化抑制濃度値を求めたところ、ヤマトヤブカではAZ0.34ppm、アカイエカではAZ0.37ppm。またヤマトヤブカにおけるジクロルボスの値は0.034ppmであった。
【考察】
自然の植物抽出物を原料とするニーム製剤においては、害虫を対象とした羽化抑制試験で、主要有効成分のAZ濃度と致死率との関連を明らかにした結果は少ないが、ネッタイシマカに対しては、本研究と同様に幼虫の長期浸漬試験があり、AZ0.62ppm、1.25ppmでそれぞれ63.3%、73.3%の死亡率を示し、チカイエカについても同様の試験方法で、AZ1μg/mlにおける死亡率が約25%、5μg/mlでは96%という報告が見られる程度だった。本研究では、ニーム製剤は2種の蚊の幼虫に対してAZ0.6ppmと1.9ppmの濃度でそれぞれ81.7%、98.3%以上の致死効果を示したことから、これらの蚊の羽化の抑制に必要な濃度はAZ0.6―5ppmであることが示唆された。本試験結果をAbott補正し2種の蚊におけるAZの半数羽化抑制濃度値を求めたところ、ヤマトヤブカではAZ0.34ppm、アカイエカでAZ0.37ppmとなり、2種でほぼ同様な感受性が認められた。ヤマトヤブカにおけるジクロルボスの半数羽化抑制濃度値は0.034ppmとAZの約10分の1であり、AZを主成分とするニーム製剤は化学薬剤に比べ高濃度での施用を要することが示唆された。致死までの時間も長く、ジクロルボスに比べ遅効性であることが明らかになった。これはAZが、ジクロルボスのように急性神経毒でなく摂食障害及び脱皮阻害などの成長阻害的な効果を及ぼしたことを示唆する。AZは、虫体内に入るとエクジステロイドの濃度を減少し、もしくは濃度上昇を遅延させ、脱皮阻害を引き起こす。また、ネッタイイエカ等ではAZの濃度に依存して摂食阻害の強さが変動する。本研究において見られたように、AZ1.9ppmにおいて長期間蛹化できない個体が多いことや幼虫での死亡の原因が、摂食阻害もしくは脱皮阻害のいずれかによるものかは不明であるが、0.6ppm以下における蛹での死亡は脱皮阻害効果が作用したと考えられる。このようなAZが蚊の蛹化や羽化を阻害する成長阻害効果は、Culex属やAedes属のほかにもAnopheles属でも数種における報告があり、蚊においてはAZによる成長阻害効果は比較的広い分類群で存在することが推測される。
昆虫成長抑制剤としては、わが国ではジフルベンスロンやピリプロキシフェン、メトプレンが既に衛生害虫を対象に認可されている。これらの蚊に対する半数羽化抑制濃度値はジフルベンスロンではアカイエカで0.0018ppm、ヒトスジシマカで0.0030ppm、メトプレンではアカイエカ4齢後期で0.0006ppm、または3齢後期から成熟幼虫まで0.028ppmから0.00037ppmである。またピリプロキシフェンでは、アカイエカで0.001ppm以上の濃度処理を行うと約20日間100%の羽化抑制効果が見られる。どの薬剤も今回供試したニーム製剤の0.367ppmと比べて極めて低濃度で高い効果を示す。製剤1㌔の価格では、今回供試したニーム製剤の方が、これら昆虫成長抑制剤より安価か同等であるが、これらの製剤の使用施用濃度の低さを勘案すると、それを補うこと、また効果も長期間持続するこら蚊類の防除においては、ニーム製剤はコスト的に不利と考えられる。
アザジラクチンを主成分とするニーム製剤は、紫外線や高温、pH、微生物の影響を受けて分解しやすいので、実際の防除では、本研究で明らかになった有効濃度より高い濃度での施用が要求される。一方、ニーム製剤はそれぞれホルモン攪乱効果や摂食阻害効果を持つAZ―AからAZ―GまでのAZ同質異性体のほか、昆虫の摂食阻害効果を示すサランニン(salannin)などを含み、多様な成分構成を持つため害虫の耐性ができにくいことが特徴とされており、現在のところ抵抗性発達の報告はない。この点は化学合成剤に対し劣らない点と考えられる。AZのうち主成分であるAZ―Aについては合成が可能になっているが、構造が複雑であり経済的な大量合成は困難であり、現状では製剤はニーム天然木からの抽出に頼っている。この抽出のコストが高いことから合成技術の開発も望まれているが、合成物単体の製剤となると逆に抵抗性発達の問題が出てくるものと考えられ、ニーム製剤の特長が損なわれる恐れがある。
ニーム製剤は有機栽培用の害虫防除薬としてCODEXなどで認定されているなど、環境や人畜に対する安全性は高いとされている。また、抵抗性がつきにくいことがどう評価されるかが、ニーム製剤が衛生害虫の防除資材として普及するかどうかの判断材料の一つとなろう。防除薬剤のローテンション用に比較的安く即効性のある殺虫剤tの併用など、防除システムの1パーツとして用いることで、薬剤抵抗性がつきにくい防除システムの構築に寄与できる可能性はあると考えられる。
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